※本インタビュー記事は2018年に執筆されました

障がい者差別があるカンボジアで、障がい者のための自立生活センターを立ち上げ、誰もが住みやすい社会づくりを目指すサミスさん。
それまでお金を稼ぐことに夢中だったが、日本で、ある体験がきっかけとなり、意識が変化したという。

「障がい者のために活動しているのではない」というサミスさんの哲学、
そして、これからカンボジアをみんなが住みやすい社会に変えていく方法をお伺いした。

サミスさん(38歳)
生後8ヶ月でポリオになり、14歳から車椅子での生活が始まる。中学卒業後、難民を助ける会カンボジアの訓練センターで、電気製品修理の講師として活躍。2006年より、ダスキンのプログラムで、10ヶ月間の訓練を受けた後、2009年から、障がい者自立生活センターをカンボジアの首都プノンペンで設立。

「障がい者は自己責任」のカンボジア

カンボジアは仏教国です。仏教の教えで、前世ですごく悪いことをしたことから、カルマによって今、障がい者になっていると信じられています。
そのため、障がい者自身が悪い、家族に責任があると考えられ、政府や国の問題として、とらえられていません。
障がい者の声が弱く、障がい者自身が改善のための運動もおこしません。
それに加え、障がい者に対する理解がないため、差別的な発言をする人もいます。
例えば、カンボジアでは、エピレプシー(てんかん)を持つ障がい者のことを、
エピレプシーという言葉が知られていないこともあり、「チュコア・チュルク」と呼ぶ人がいます。これは日本語で、「バカ豚」という意味です。
豚は「寝て食べるだけ」とカンボジアではイメージのよくない動物です。

お金持ちになれば差別されないんじゃないかと思い、月30万稼ぐ。

だから、僕はお金持ちになりたかった。
お金持ちになれば、障がいがあっても差別されないんじゃないかと思い、障がい者のための職業訓練センターで電気製品修理の講師をしながら、3つの電気修理店を運営し、月$3000ドル(約30万円)を稼ぐようになりました。
当時、車を持っている人が少ない中、23歳で自分の車を持っていました。
周囲からは「障がいを持っているのにすごいね」と言われていました。

 

日本の障がい者が頑張っているんだから、カンボジアもできるんじゃないか。

しかし、障がい者に対する差別はひどいもので、当時付き合っていた女性の家族からは結婚を反対されて、結婚できませんでした。

そのため、日本なら差別がないのではないか、日本の女性と結婚したい、そして、先進国の日本なら自分の障がいも治るのでないか、もっとお金持ちになれるのではないか。
そう思い2006年から10ヶ月間、日本でダスキン社が実施した障がい者人材育成プログラムに参加しました。

まず、初めに、関西空港について、ここは夢の世界かと思いました。
トイレに入るときれいで使いやすいし、カンボジアでは外に出かけても、高い建物は登ることができませんでしたが、日本では初めてエレベーターに乗り、高い所へ行けました。そしてどこに行ってもスロープがある。
電車に乗る時は、駅員さんがサポートしてくれることが嬉しかった。
信じられないほど自由な気持ちになりました。

そして、日本に滞在する中で、自立生活センターを立ち上げるきっかけとなる体験をしました。
厚生労働省の前で、障がい者が行う、障がい者年金や介助制度などに関する改善のためのデモに参加しました。
厚生労働省の前で、デモでアピールするだけでなく、政府の人と会って交渉もするんですよね。

北海道とか沖縄からデモのために東京に人々が集まっていて、
「なるほど、このやり方は素晴らしい、今の日本の障がい者は、結構頑張っているな」と思いました。

わたしはカンボジアにいる時は、お金のことばかり考えていました。
しかし、日本の障がい者は頑張っている、みんな頑張っているのだから、自分もカンボジアで頑張ろうと思いました。
バリアフリー制度や、障がい者年金制度、介助制度、障がい者手帳制度など、カンボジアにも日本と同じような制度をつくりたいと思いました。

これまでお金を稼ぐことに必死でしたが、日本での経験からお金で買えないモノがあると思いました。
実際、差別をなくすために1万ドルを払っても、人の考え方を変えることはできないし、愛や友達もお金では買えません。

 

カンボジア人からできないと言われた、障がい者自立生活センターの立ち上げ

PPCILのメンバー。現在スタッフが15名(健常者4名・障がい者11名)がいる。


日本の研修から帰ってきて、電気製品修理の講師をしながら、プノンペン自立生活センターの立ち上げ準備をして、2009年に立ち上げました。

自立生活センターを立ち上げてから、お金はないですが、心はリッチで、夢が叶っています。
日本だったら、「自立生活センターをつくる」と言うと、周りから「おーがんばれ!」と言ってもらえますが、カンボジアだと周りの人から「そんなことできない」と言われます。
カンボジアの人に日本での経験をシェアしても、「信じられない、日本だからできるんだ」と言われます。

しかし、わたしは日本の障がい者と一緒にデモをしたので、みんなが一緒に頑張っているからできることだと知っています。
カンボジアに日本人の呼吸器をつけている友人を招待して、日本の支援制度を伝えるセミナーを開くなどしました。
そのようにして、カンボジア人の意識を変えようとしています。

 

「政治的な目的があるのではないか」と疑われ、開催できなかったイベント。だが、あきらめない。

「志」という、台湾、ネパール、パキスタン、日本、韓国、モンゴル、カンボジアの障がい者自立のためのネットワークがあります。
「アジアトライ」という、障がい者が道を歩いてアピールしながら、区役所や市役所に行って交渉する国際的な障がい者のイベントが、各国持ち回りで開かれています。

自立生活センターとして、カンボジアで「アジアトライ」を開催したかったので、政府に何度も交渉したのですが、「政治的な目的がある活動ではないか」という疑いから、実施ができませんでした。

志祭りで地元記者に取材を受けるサミスさん


代わりに、3月11日に、ボランティア100人、海外からの参加者85人、カンボジアの障がい者100人、イベントの参加者1000人からなる障がい者のための「志祭り」というイベントを開きました。
政府の人が、政治的な活動をしていないかチェックに来ていました。
政治的な活動ではないと、わたしたちの活動の良いメッセージを伝えることができたのではないかと思います。

次は、「アジアトライ」の活動をOKしてもらえるかもしれませんね。
死ぬまでに社会を変えられるか分からないですが、あきらめないです。続けないと変わりません。

 

これから国を変えていく3つの方法

車椅子用のトゥクトゥク(カンボジアの三輪タクシー)に乗って外出するサミスさんたち
サミスさんはいつも明るく、会うとエネルギーをもらえる。

自立生活センターでは、社会を変えるために推進していくことが3つあります。
一つ目は、介助制度を作ることです。
重い障がいを持った人が介助サービスを使って生活できることが、僕は自立だと考えます。
現在、脊椎の損傷の人3人、ポリオの人1人が、介助制度のモデルケースとして利用しており、そのためのお金を、自立生活センターや日本からの募金から出していますが、これだと限界があります。
そのため、国のお金が使えるように、国として介助制度を実施できるように、政府に交渉しています。

二つ目は、障がい者年金制度を作ることです。
現在、プノンペンの3つの区役所からお金を出してもらうモデルを提案しており、国の制度としてできるように提言しています。

三つ目は、バリアフリー化の推進です。
そもそもカンボジアには、バリアフリーガイドラインもなかったので、PPCILがガイドラインを作り、バリアフリーを広める活動をしています。
自立生活センターは、これまで、空港、そして空港から市内に走る電車、スーパー、12の区役所、そしてPTT(ガソリンスタンド)などと交渉して、バリアフリー化を進めてきました。

具体的に、スロープを作る、障がい者用のトイレを作る、エレベーターをつける、視覚障がい、聴覚障がいを持った人のための信号機をつけるなどです。
現在、区役所とのワークショップを実施してこれらの3点についてディスカッションしています。


もし、今、歩けるようになる薬があっても決して飲まない。

この世界は健常者が作った社会なので、障がい者や健常者全ての人が住みやすいみんなの社会にしたい。
わたしのアクションは、障がい者のためだけにやっているのではありません。
子供、健常者、障がい者、みんなが住みやすい社会をつくっていきたい。
例えば、スロープができると、障がい者だけではなく、ベビカーやお年寄りも利用することができます。大きいスロープだと車が通れるようになります。

「Wonderful world is wonderful diversity(素晴らしい世界は、素晴らしい多様性がある)」です。
「障がいをもった自分が変わる」のでなく、社会を変えていきたい。

そのアクションができるのは、当事者の僕たちだけ。僕が当事者ではなく健常者になったら、僕の仕事は終わる。
僕が今、歩けるようになったら、僕のアイデンティティは失われるので、
もし、歩けるようになる薬があっても飲まない。
僕のこの車椅子はかっこいい。


ソーシャルマッチは、社会問題解決に取り組む東南アジア企業/NGOと日本企業との協働支援を行なっています。
これまで、東南アジア企業と日本企業との業務提携や、エシカルブランドの立ち上げ、輸出入取引など様々な協働を成功へとサポートしてまいりました。
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